【創作BL】意地悪と優しさ【#004】
──二日目。
翌日になり、悠馬は凌に命じられた通り、高校の最寄り駅で凌を待っていた。
最寄り駅から高校までは歩いて10分ほどだ。
このたかが10分の距離を、待ち合わせして一緒に登校する必要があるのか悠馬には疑問だったが、命令と言われると従わざるを得ない。
「悠馬」
「あ…凌」
遅れてきた凌が悠馬のところまでくると、無言でカバンを突き出してきた。
「持て」ということなのだろう。
「お、おい…毎日持たせる気か…?」
「命令だよ、悠馬」
そう言って押し付けられたカバンを悠馬は渋々受け取る。
そうして、2人で並んで高校まで歩いた。
特別何か話すわけではない。居心地の悪い沈黙を感じ悠馬は必死に話題を探したが、結局それらしい話題を見つけることもできず無駄に脳を使っただけになってしまった。
「なんか、お前のカバン…重くないか…?」
教室に到着し、悠馬はようやく二つのカバンを下ろした。
先日席替えがあったばかりで、悠馬の席と凌の席は不運にも前後になっている。
突然、凌が悠馬のおでこにデコピンをした。
「痛っっ!」
「次“お前”って言ったら、またデコピンするよ」
どうやら今のは“お前”と言った分のお仕置きだったらしい。
悠馬はヒリヒリする自分の額を抑える。
「俺は誰かさんと違って、教科書持って帰ってるから」
そう言って凌はちらと悠馬の机の中に視線を投げた。
自宅学習などという概念のない悠馬の机の中は置き勉された教科書でパンパンだ。
「えぇ!?わざわざ教科書持って帰ってるのか!?真面目かよ…」
そう驚いた悠馬に、凌は何やら言いたげだったが、
担任が教室に入ってくると共に、その会話は強制的に中断されてしまった。
***
1時間目は古典の授業だった。
悠馬は数学も苦手だが、古典も苦手だ。
というか体を動かすこと以外の全ての科目が苦手だった。
現代語ではない言葉が担当教員から発せられる。
それだけで、悠馬に睡魔が襲ってきた。
うとうとと、首が揺れ始めた頃、ツンツンと後ろの席の凌が悠馬の背中を突いた。
「おい、悠馬」
「ん…なんだよ…?」
小声で応じた悠馬に、凌はなにやら白い小さい紙を押し付けてくる。
「これ、読んで」
「な、何これ」
悠馬は教師に見つからないように受け取りながら、こっそりと目を通した。
──問3の答えは「助動詞の連用形」だよ
紙には凌らしいきっちりとした綺麗な字でそのように書いてあった。
なんでこんなものを渡してきたのだろう?
頭にはてなマークを浮かべていると…
「今日は…23日だから…高野、この問題わかるか?」
教師が突然悠馬を指名した。
全く話を聞いていなかった悠馬は冷や汗が出たが、もしかしてと思い、その答えを口にする。
「あ、えっとー…助動詞の連用形?」
一瞬の間、沈黙。まさか悠馬が正解すると思ってなかったのだろう。
教師は一拍置いて、笑みを浮かべた。
「お、正解。よくわかったな」
そう言って再び教師は問題に対する説明を始めた。
凌は、自分が当てられるとわかっていて、この紙をくれたのだろうか…?
悠馬は振り返り、小声で凌に話しかける。
「りょ、凌、サンキューな」
すると、凌と目が合った。
柔らかく微笑んだ凌は今度は別の白い紙を差し出した。
「はい、これも」
「ん?」
今度は何が書いてあるのだろう。
教師の視線を伺いながら、こっそり開いてみる。
──やっぱり俺がいないとダメだろ?だから永遠に俺の言うことだけ聞いてて。
「は、はぁ!?」
思わず声を上げた悠馬に「うるさいぞー」という教師からの注意が入ってしまったのだった。
***
「凌、言うこと聞くのは1週間だけだからな!」
授業が終わり、悠馬はすぐ後ろを振り返った。
怒りなのか動揺なのか、少し紅潮した悠馬の頬を凌はじっと見つめる。
「そんなに早く解放されたい?」
「あ、当たり前だろ!」
「ふーん」
凌は何やら考えるように、窓の外に視線を投げた。
「そんな風に言われると、もっといじめたくなるんだけど…」
「え?」
悠馬の方へ戻した凌の視線は、温度が2、3度下がったような冷えた目つきをしている。
まるで不機嫌なような、つまらないとでも言いたそうな、そんな視線だ。
「な、なんだよ…」
その温度の変化に、悠馬は少し怯えるように伺う。
すると…
「命令ね、悠馬。一週間が終わるまで、俺以外と喋らないで」
まさかの発言に、悠馬は目を見開いた。
「は、はぁぁぁ!!??そんなの無理に決まってるだろ!!」
突拍子のない命令に、思わず大きな声が出る。
だってそんなの、現実的に不可能だ。
するとそのリアクションに少し満足したのか、凌が意地悪く口角を上げた。
「へぇ、無理なんだ。約束、破るんだ。悠馬ってそういう人なの?」
「ぐっ…」
悠馬は馬鹿だが、約束は守る男だった。
というより、両親にそのように育てられた。
できないことは約束しない。約束するなら、絶対にやる。
悠馬は唸るように、奥歯を噛み締めた。
「約束は約束…」
「じゃあ言うこと聞けるよね?」
「あぁ、いいじゃん、やってやるよ!」
「安心して、話さなきゃいけない時は俺が通訳してあげるから」
そういった凌は本当に、悠馬に話させる気がないらしく、
休み時間も、昼時でさえ、悠馬を監視するようになった。
悠馬も、凌としか話せないとなると、必然的に凌と共にいるしかなかった。
幸いその日は悠馬に話しかけてくる友人はいなかった。
いつもなら休み時間の度に誰かしら悠馬に声をかけてくるのだが…
そうして放課後を迎えると、凌はまた重いカバンを悠馬に突き出した。
「ほら、クレープ食べに行くよ。俺の荷物、忘れないでね」
そう言ってズンズンと凌は教室を出ていってしまう。
悠馬は慌てて自分のカバンを肩に提げ、凌のカバンを抱えると教室を出た。
「ほんと…一週間なんて…!」
凌は何を考えているのだろう…
ここまで自分の交友関係を制限して、
やはり嫌がらせだろうか?
悠馬の頭の中は疑問で溢れかえっていた。
そんな時…
「あ、やべっ」
きちんと閉まってなかったのだろうか。
慌てて抱き抱えた凌のカバンから、教科書が数冊落ちた。
数学と化学の教科書が音を立てて床へと落ちた。
とりあえず凌のカバンを床に置くと、それらの教科書を拾い上げた。
その教科書には、なぜか付箋が何枚か貼られている。
(…テストで出るところか…?)
付箋の貼ってあったページを開いてみると、中はマーカーペンで印がつけられていた。
(凌…本当に真面目なんだな…テスト対策のためかな…?)
その付箋が貼られたページの中には、昨日凌が教えてくれた数学の公式が載っているページもあった。
(もしかして…いや、まさかな)
都合のいい方向へ考えてしまった悠馬はすぐにその教科書を閉じた。
「悠馬…?早く行くよ」
凌が教室の外から声をかけてきた。
悠馬は慌てて教科書をバッグへと押し込むと、凌の元へ駆け寄った。
「カバン、落とさないでって言ったよね?」
「わ、わりぃ、手が滑った」
悠馬はそう言ったが、付箋については言及することができなかった。
1週間を共に過ごせば、凌がどういう人間なのか、わかるのだろうか…
昇降口へ向かう2人は相変わらず無言だったが、悠馬の脳内はその沈黙を気まずいと感じるより、
別のことで頭がいっぱいになっていた。