【創作BL】普通の幸せ【#008】

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「あのね、蓮くん。私と付き合ってほしいの!」
教室の中で響く声を、湊は廊下で聞いていた。
同じクラスの女子が告白している。
ただそれだけなら、湊も気を利かせて教室の前から立ち去ったかもしれない。
けれど、盗み聞きなどよくないとわかっていても、どうしても立ち去ることができなかった。
蓮が告白されている。
今どんな顔で、彼女と対峙しているのだろう。
シンと静まり返った教室には、彼女と蓮だけ。
教室の外にいるはずの自分の心臓の音は、彼女らに聞こえてしまうのではないかと思うほど、強く拍動していた。
「いきなり付き合うとか無理だったら、友達からでもいいから…」
彼女が続けた。どうしても蓮とお近づきになりたいらしい。
──どうか、どうか断ってほしい。
そう思わずにはいられない自分が確かに存在している。
湊は持っていたノートを強く抱き抱えた。
「…ごめんね、俺、好きな子いるから、付き合えない。」
蓮の声は優しく、けれどはっきりと湊の耳にも届いた。
「友達にも…なれない?」
「うん、その子のこと、大切にしたいんだ」
蓮が、告白を断ってくれた。
嬉しかった。
けれど彼女ともし付き合うことになっていたとしたら…
それは「普通」の高校生として、とても有意義で幸せなことだったんじゃないか…?
ドキドキと脈打っていた心臓は途端にきゅっと握られた。
「で、そこで何してるの?♡」
教室から出てきた蓮に湊は気づかず、ビクッと肩を振るわせた。
彼女は反対側のドアから出て行ったのかもしれない。すでにいなくなっていた。
蓮の口ぶりは、まるで湊が立ち聞きしていることに気づいているようだった。
偶然の振りを装って、湊は自分の動揺を隠すことに専念する。
「相変わらずモテるな。蓮」
「盗み聞きしてたの〜?…それとも、俺がオッケーしないか心配だった?」
「別に…たまたま通りかかっただけ」
湊は蓮の顔を見ることができなかった。
目を見れば、嘘がすぐバレてしまう気がしたから。
「本当は、言いたいこと、あるんじゃないの?」
蓮はいつも、全てを見透かしたように言ってくる。
「いつも言ってるよ?言いたいことがあるときは、我慢しちゃだめだよって」
これは蓮が湊によく言う言葉だった。
言いたいことを我慢しがちな湊のことを、蓮はよく知っている。
「あ…あの子より、俺の方が蓮のことよく知ってる…」
「それで?」
「俺なら蓮を寝坊しないよう起こしに行けるし…」
「つまり?」
「つまり…」
言うべきじゃなかった、と途中で気づいた。
誘導尋問のようなそれは、湊の本心を上手に引き出そうとする。
「つまり」の次に紡がれる言葉は、自分勝手な気持ちでしかない。
蓮には、幸せになってほしい。その想いが、続くはずだった言葉を堰き止めた。
「なんでもない。」
湊はそういうと口を閉じた。すると蓮は湊に聞こえるようにため息をつく。
「あー、もーそれ禁止!」
教室のドアに寄りかかっている蓮が、上から湊を見下ろしている。
「つまり、蓮には俺がいるだろってことでしょ?♡」
蓮の伸ばした手が、湊の髪をふわっと触った。
ただそれだけ。なのに、息が止まりそうになった。
「そんなことは言ってない」
「顔に書いてあるもん」
髪に触れていた蓮の手が、湊の顎にそっと触れる。
そしてそのまま、蓮の方を向くように誘導された。
思った以上に近くにあった蓮の顔に、湊はパッと蓮の手を振り払った。
「安心して、ちゃんと断ったから。好きな子いるから付き合えないって」
「好きな子…?」
「うん♡」
言葉を続けようとした蓮を遮るように、湊は口を開いた。
もう一度でも、付き合ってと言われてしまったら、もう、逃げられない気がした。
「そんな子…いるのか?」
ごめん、蓮。
蓮には、迷惑かけたくない。「普通」に楽しい高校生活を送ってほしいんだ。
湊は普段通りのトーンを装った。
「あのね〜、そろそろ怒るよ、湊」
そういう蓮の声音に怒る気配はない。
蓮は、湊に怒ったことがなかった。
「冗談じゃないって、この間伝えたでしょ。俺が好きなのは湊だけ!」
「…またそれか。口説き文句のレパートリーを増やさないと、好きな子に振り向いてもらえないぞ」
「ぎくーー、痛いとこ突くねぇ」
いつか、蓮に本当の本当に好きだって思える人ができたら…
自分は、どんな風に彼を祝福すればいいんだろう。
蓮に幸せになってほしいと考えておきながら
結局は彼が自分から離れないでいてくれることを願ってしまう。
「じゃあ今度とっておきの口説き文句披露するから♡楽しみにしてて♡」
「それは俺にじゃなくて、好きな子にやれよ…」
あぁなんて、自分は勝手なんだろう。
蓮が他の子に甘い言葉をかけていたら…
そう想像するだけで、湊は感じたことない苦い気持ちになるのだった。