【創作BL】独占欲に名前をつけて【#007】

体温計は、平熱を示していた。
こんなに熱や動悸を感じているのに平熱なんて、体温計がおかしいのでは?と
湊は養護教諭に訴えたが、聞き入ってもらえなかった。

そのまま教室に戻るよう促され、湊はおとなしく保健室を出た。
教室までの廊下を歩く間、蓮のセリフが何度も頭の中を反芻する。

──俺と付き合って。

本気なのだろうか、それとも、いつもの冗談?

けれどずっと一緒にいるからこそ、蓮がそんな冗談を言うわけないとわかる。
じゃあ本気なのだろうか。付き合う…とは、どう言うことなんだろう。

人生で誰とも付き合ったことがない湊は経験の浅い頭で考えてみた。
(手を…繋いだりするのかな…恋人なら、するよな)
幼少期は手を繋いでいたこともある。でもそれは本当に幼かった頃の話だ。
(恋人なら…き、キスとか…するよな)
途端、先ほどの至近距離に迫った蓮の顔が思い出されて、心臓を掴まれた。
蓮の顔は見慣れていたはずなのに、あんな風に熱の篭った真っ直ぐな視線はこれまで感じたことがなかった。

湊はぶんぶんと頭を振り、考えるのをやめた。
蓮に迷惑はかけられない。
関係を壊すのも、怖い。
そうだ、だから今のままでいるのが一番いいに決まってる。

湊はそう心に言い聞かせ、教室へ戻った。

***

教室に戻ると幸運なことに自習時間になっていた。
授業の進みが予定より早かったのだろうか。ワークの範囲だけが黒板に記載され、先生はいなかった。

自習など皆真面目にやるわけがなく、授業時間中とは思えないほど賑やかな話し声で溢れていた。

「中原くん」
ワークに取り掛かろうとカバンを漁っていた湊は突然話しかけられた。
声をかけてきた彼女は、長い髪を指先でいじりながら言いづらそうに言葉を続けた。
「聞きたいことがあるんだけど…」

彼女とは一度も話したことがない。
なのに向こうから話しかけてくるなんて、湊は嫌な予感がした。
「あのね…中原くん、蓮くんと仲良いよね?」
もじもじとしているところが逆に不快に思えた。

彼女とは話したことはないが、話している内容なら聞こえたことがある。
彼女は、蓮に好意を抱いている。
それも、蓮のことなどよく知らないで、顔が好みだと言うだけで黄色い声をあげている顔ファンだと言うことも。

「幼馴染だから、なんで?」
つい、口調がキツくなってしまう。
湊はこの後彼女から紡がれる言葉も、大体想像がついていた。

「蓮くんって…今、彼女いるのかな…?」

やっぱり、と湊は思った。

こういった質問を受けるのは初めてではない。
蓮に告白したいと考えた女子は必ずと言っていいほどまず湊に声をかけた

蓮に彼女などいるわけがない。なぜなら、自分がいつも一緒にいるのだから。
昼休みだって放課後だって、朝の登校時間だって、自分がいつも一緒にいる。
蓮から、彼女がいる気配などもちろん感じたことはない。

自分だけが一番蓮と一緒にいる。
自分が一番、蓮のことを知っているのだ。

湊の中に止まらない独占欲が湧いた。

「いないと思うけど…好きな人はいると思うよ」
「そ、そっか。ありがとう。でも…うん」
「告白でもする気?」
「うん、今日の放課後、言ってみようと思う。友達からでもいいからって…」
「…そうなんだ」

健気な彼女は、しきりに前髪をいじっている。

付き合ってと言われたことに対する喜びと、信じられない気持ち。
けど蓮に迷惑もかけたくない。今の関係を壊してしまう恐怖。
こんな風に健気に想ってくれる相手と蓮が結ばれたら、その方が蓮にとって幸せなんじゃないだろうか。

なんでこんなに、蓮のことで頭がいっぱいになっているんだろう。
自分は蓮のことをどう想っているんだろう。

自習のワークは結局、1ページも解くことができなかった。


桃瀬。
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