【創作BL】クレープの味【#002】

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「結構並んだね、クレープ」
蓮は両手にクレープを持ったまま、近場のベンチに腰掛けた。
蓮に続くように、湊もベンチに腰掛ける。
キッチンカーのクレープ屋さんは、最近になって駅前によく出没するようになった。
そこから漂う甘い香りは、道ゆく人の足を止めた。
「はい、こっちが湊のだよね。ぱっしょんチョコレート」
「ん、ありがとう。蓮のは何味?」
「俺はキャラメルバナナクリーム」
「…キャラメルバナナクリーム…良いな」
湊はクレープ屋さんの看板の前でだいぶ悩んだのだ。
普段滅多に食べることのないクレープはどれも魅力的に見えて、数十分経っても注文を決めきれずにいた。
そんな時、立て看板にあった「本日のおすすめ」を蓮に勧められ、ようやく注文を確定させたのだ。
「後で一口あげるね」
「良いのか?」
「もちろん」
「さんきゅ」
湊がキャラメルにするかチョコレートにするか悩んでいたのを蓮は気づいていたのだろう。
優柔不断の湊に蓮のものを少し分けてあげると言うのは、二人の間ではいつものことである。
ふわっと柔らかく包まれたクレープを、湊はまじまじと見つめている。
甘い香りが眼前に迫り、勉強で疲れた脳に染みる。
「湊、そんなにクレープ見つめたら、穴開くよ?」
「…美味しそう」
「うん、早く食べよ」
蓮はそんな湊をにこやかに見守っている。
「てか、いつも奢ってもらってばっかで悪いな」
「良いの♡俺はバイトしてるし」
「そうかもしれないけど…」
湊は普段こういった物を買わないので、相場がわからなかったが
決して安い物ではないと思う。
なのに、蓮は何かにつけて湊にご馳走してくれる。
その度に湊は少しいたたまれない気持ちになった。
湊は普段、その日の昼食代しか母親からもらっておらず、それ以外の小遣いもなかった。
他の同級生と同じようにアルバイトをしてみたいと思って、母親に申し出たこともあったが…
案の定、許されることはなかった。
「湊に美味しいもの食べさせるのが、俺の生きがいなの♡」
「変なところに生きがい見出してるな」
こうして蓮が自分を甘やかしてくれることに、湊は有難さや嬉しさを感じながらも素直に表現できないでいた。
そんな自分を思うと、少し自己嫌悪を感じる。
「誘っといてなんだけど…おばさん、大丈夫だった?」
「大丈夫、20時までに家に着けば」
湊はスマホで時刻を確認した。まだ18時前だ。ここからは家まで歩いて30分だから…と脳内でシミュレーションする。
「そっか」
母親の話をすると、蓮はいつも複雑そうな顔をする。
気を遣ってほしくなくて、湊はすぐに口を開いた。
「…こないだのテストも、そんなに悪い点じゃなかったし、最近機嫌良いから」
「そんなに、って、湊はいつも大体満点でしょ」
「そんなことないよ」
自分がテストで良い点を取り続ければ、良い成績を取り続ければ、
母親の機嫌が悪くなることはない。
そうすれば拘束は緩くなり、こうしてこっそり遊べることも分かっていた。
全ては自分が頑張れば良いのだ。
「家に帰ってからも勉強?」
「…うん、まぁ」
「ふーん」
蓮とこうして過ごす時間も、自分がどれだけ努力するかにかかっている。
今日もしっかり勉強しよう、と湊は心に決めた。
そんな湊を知ってか知らずか、蓮はワントーン明るい声音で続けた。
「受験勉強が嫌になったらいつでも言って。俺と一緒にどっか行こ?♡」
「どっか?…どこにでも?」
「もちろん♡」
そういうと、蓮は湊の方に向き直る。
「どこにでも連れていくから、まず一番最初に俺に言って?」
「一番最初に?なんで?」
「んー、なんでだと思う?」
なんでだろ…
母親に言う前に、と言うことだろうか。
「俺に友達がいないからか?」
正直、湊の複雑な家庭環境を知っていて、かつ受け入れてくれる友人は数少ない。
しかし…
「ぶー、違います!なぜなら…」
蓮は何やら得意げな顔をしているが、
話に夢中になっていたせいで、蓮のクレープのクリームが溶けかかっているのが見えて慌てた。
「クリーム溶けてきてる。早く食って、さっさと行こうぜ」
「えー、相変わらずつれないな〜今大事なとこだったのに」
食べ終わったら、家までの道のりを蓮と歩く。
公園を通ったり、河川敷を歩いたり、そんな時間は湊にとってとても大事な時間だった。
蓮と話すのは楽しい。蓮と一緒にいるだけでも。
「蓮」
「ん?なあに?♡」
「誘ってくれて、ありがとう」
「いーの、誘いたくて誘ってるんだから」
蓮はいつも、なんてことない風に自分を受け入れてくれる。
「ずっと…」
「ん?」
「いや…なんでもない」
言いたい言葉は、喉元まで出かかったが、かろうじて抑えた。
一度言葉にしてしまったら、取り返せない恐怖がある。
「湊」
「ん?」
「言いたいことがある時は、我慢しちゃダメだよ」
蓮は、もしかして本当は、全て見通しているのではないかと思わされる。
「今度…言う…」
「わかった、待ってるね」
少し早まった鼓動はきっとクレープを前に高揚しているだけだ。
湊はクレープにかぶりついた。
甘いかと思っていたチョコレートは、想像よりビターな味だった。