【創作BL】どきどきの理由【#006】

立ち上がった湊の腕を、蓮の大きな手が掴んだ。
「行かないで、お願い」
懇願する切ない声音がずるい。
教室を出ようとする足が重くなった。

「でも…授業だから」
「俺と、どっちが大事…?」
「そんなこと…言うなよ…」

どっちが大事、とかではないのだ。
蓮が大事だからこそ、一緒にいるために授業に出席しなければならない。
授業を大事にしてこそ初めて、蓮と一緒にいることができる。

「好きだよ、湊。授業より、俺の方が大事でしょ?」
「意地悪…言うな」
「でも、本当のことでしょ?」

湊の心を見透かすように重ねて言う蓮は、真っ直ぐに湊の瞳を見つめている。
その貫くような視線から、目が逸せない。

「でもっ…授業サボったってバレたら、何言われるか…」
「先生にもおばさんにも、俺から説明するから」
「そう言う問題じゃ…」
「じゃあどういう問題?それとも…」

きゅっと蓮の手に力が入った。

「俺のこと、嫌い?」

座ったままの蓮の顔は湊の顔より低い位置にあり、
普段見ない蓮の上目遣いに、湊の心臓が締め付けられる。

「蓮…その言い方、ずるい」
「俺ももう、余裕ないんだよ」

蓮は湊の手を自分の額に持っていくと、祈るように言った。

「湊が悪いんだよ…俺はもう十分待った」

切なく弱ったように言う蓮を、抱きしめたくなる。
幼い頃のように「よしよし、俺がいるからな」と頭を撫でてあげたくなる。

「わからない…」
「何が?」
「自分がどうしたいのか、どうするのが一番いいのか、わからない…だから…」

湊は蓮の温かい手から、自分の手を抜いた。

「だから…でも、わかることは、俺は蓮に迷惑かけたくないんだ」
「迷惑なんて思ったことないよ」
「今はそうでも、いつか絶対重荷になる」
「…おばさんのこと?」
「…それだけじゃない」

──俺といると、蓮まで嫌がらせされるかもしれないんだぞ

言いかけたが、やめた。
蓮は知らない。俺がクラスで浮いてることも、嫌がらせを受けていることも。
余計な心配はかけたくなかったし、言葉にするだけ惨めだから、言う気はもちろんないのだけど。

「とにかく、俺…授業行くから…」

湊が立ち去ろうとすると、蓮は椅子から立ち上がり、強く湊の腕を引いた。
驚いて振り返った湊はそのまま引き寄せられ、腰に蓮の腕が回される。
向かい合った顔が、近い。

「俺はずっと、湊のことしか考えてない」

真剣な蓮の顔がある。
鼻が高く、端正な顔立ちは多くの女の子を虜にするのだろう。
見慣れているはずなのに、心音がうるさい。

「蓮、ちょっと…近い…っ」
「湊がいてくれれば、それでいい。だから、俺と付き合って」

湊は目を見開いた。
いつもみたいに簡単に受け流せない言葉が聞こえた。
(付き合う…?)
その響きに、たちまち顔に熱が昇った。

「湊、顔真っ赤」
「み、見るな…!」
「俺のこと、意識しちゃった?」
「蓮、うるさい」
「いいよ、もっと俺のこと意識して。俺のことしか考えられなくなっちゃえばいいのに」
「そんなばかにはなりたくない」
「ばかじゃないよ、幸せなことでしょ?」

蓮の両手は湊の腰の後ろで組まれており、湊は逃げることができない。

「湊は何も考えず、ただ俺のことだけを考えてればいいの。俺と一緒にいれば、たくさん幸せにしてあげるよ?」

蓮のことだけ考えるというのはどう言うことだろうか。
もう既に、こんなに蓮のことを考えているのに、これ以上もっといっぱい考えるようになると言うのだろうか。
そんなことになったら…

(キーンコーンカーンコーン)

本鈴の音にハッとした。

「授業、始まっちゃったね」

しまった。授業が始まってしまった。けれど…

「湊?」
「どきどきが…」
「え?」
「胸がどきどきして、苦しい…」

先ほどから早まった鼓動を落ち着けるために深呼吸を繰り返していると言うのに、全く落ち着かない。

「教室に戻らないと…なのに、こんなにどきどきしてて、顔もどんどん熱くなるし、こんなんじゃ、戻れない」
「戻らなくていいよ。湊、俺と同じ気持ちならここにいて?そんな可愛い顔、誰にも見せたくない」

これ以上蓮といたら、自分がどうにかなりそうで…
この場から逃れたかった。

「俺っ…熱あるかも…保健室行ってくる…!」
強引に蓮の手を引き剥がすと、湊は小走りに教室を出た。

心の中には浅ましい自分がいた。
もっと蓮の甘い言葉が欲しい。そう思ってしまう。

幼馴染なんて、良いことばかりじゃない。
蓮が冗談じゃなく本気で「好き」と言ってくれていたことに、
とっくの昔から気づいていたのに。

それを受け入れることも突っぱねることもできずにいた自分が、何より一番罪深い。

けれど、一方で理性的な自分もかろうじて存在を留めていた。
今の関係が、二人にとって一番いいはずなんだ。

だから…蓮の気持ちには、応えられない。

応えてはいけないんだ。



桃瀬薫
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