【創作BL】揺れて揺らめいて【#007】
放課後、凌に連れられるまま電車を乗り継いで着いた先は大きな池のある公園だった。
平日ということもあり人はまばらだったが、休日にこの公園が大混雑するのは有名なことだ。
何の説明もなく凌は歩いていく。
悠馬は黙ってその後をついていくしかなかった。
凌は池の近くまで行くと、券売機の前で財布を取り出した。
池にはいくつかのボートが浮かんでいる。
「え、乗るのか?」
悠馬の問いに凌は返事をせず、2人分の券を購入すると係員の元へ向かう。
係員が一隻のボートを凌たちの元へ寄せてくれた。
凌は慣れた様子でボートに乗り込むと、悠馬に手を差し出した。
「悠馬」
不安定に揺れるボートに若干の恐怖感を感じる。
悠馬は差し出された凌の手を握ると、そろりと片足をボートに乗せた。
少し揺れるものの案外安定感のあるボートにホッとし、残りの足もボートへ載せると、
ボートがぐらりと揺れた。
「うわっ」
体勢を崩しかけた悠馬の手を凌は強く引き寄せ、バランスを崩した悠馬を抱き止めた。
「気をつけて。また怪我するよ」
「わ、わりぃ…」
凌が力強く悠馬の腰を引き、ボートの揺れが収まるのを待った。
自分とはさほど体格差がないと思っていた。
けれど凌の強い力に悠馬は身動きが取れない。
「悠馬、泳げないんだっけ?」
「あ、あぁ…」
「じゃあじっとしてて、落ちたら困るから」
ボートの揺れが収まったのを確認すると、凌はそっと悠馬を解放した。
強く握られていた手首にじんじんとした余韻が残る。
「俺、ボート乗るの初めてだ」
「そう?じゃあ今日は悠馬が漕いでね。ほら、そこ座って」
促されボートの端に座ると、ボートのオールに手をかけた。
***
「悠馬、本当に漕ぐの下手だね」
凌の指南を受けながら、オールを動かしてみるものの、ボートが思うように動かず悠馬は苦戦していた。
凌はすっかり呆れたようにため息をついた。
「だから!初めてだって言ってんだろ!」
「どこに行くつもり?このままだと帰れないけど」
ボートは船着場からどんどんと遠ざかっていき、池の端の方まで来てしまった。
「くそっ」
もうやけになりそうで、がむしゃらにオールを動かしていると…
「ほら、こうやるんだよ」
凌がオールを持つ悠馬の手を握った。
「なっ…!」
凌のひんやりとした手が悠馬の手を握り込む。
突然握られた手に、悠馬の顔がじわりと熱くなる。
思わずオールから手を離そうとすると「ちゃんと握って」と更に強く握られてしまう。
「あ、あぁ…」
「こうやるの。わかる?」
「わ、わかる…」
2人の間に無言の時間が流れ、悠馬はただ凌の誘導のままボートを漕いだ。
悠馬の手に羞恥の汗が滲み始める頃、冷たかった凌の手は悠馬の体温で温かくなっていた。
恥ずかしさで顔を上げられずにいると、凌の手が止まった。
「…な、なんだよ」
ちらと顔をあげて凌の顔を伺うと、いたずらっ子のような笑みを浮かべている。
「耳真っ赤だけど?」
「っ…!」
指摘されると更に熱くなる耳に、悠馬はまた俯いた。
「本当、悠馬って…」
「な、なんだよ…馬鹿だって言いたいのか?」
食い気味に凌の言葉を遮る。
恥ずかしくてたまらないというのに、凌は手を離してくれない。
「馬鹿だって、言ってほしい?」
それどころか、ぎゅっと更に力を込めて握られる始末だ。
「言ってほしいわけないだろ!」
これ以上手を握られていては恥ずかしさの限界を迎えそうで、悠馬は凌の手を振り払った。
凌はやれやれといった感じでオールに手を伸ばし、悠々と漕ぎ始める。
ボートはスムーズに旋回し、船着場へ向かっていく。
「それで?俺の思惑、わかった?」
しばしの沈黙の後、凌が口を開いた。
一瞬何のことかと思ったが、そうだった、凌の思惑を絶対に暴いてやると意気込んで来たのだった。
「わ、わかんねぇ…」
そもそも頭脳戦だとか、心理戦だとか、そう言ったものは苦手なのだ。
単純明快なのがなにより好きだ。
凌の考えていることなど、考えても分かるわけがない。
すると凌は本日何度目かのため息をつく。
「悠馬って、もしかして告白されても気づかないタイプ?」
「は?どういう意味だよ」
凌が何やら言っているが、どうやらいい意味で言われているわけではなさそうだ。
「もっと分かりやすくする必要があるかな?」
「何の話だよ、凌」
うーんと考えるように少し黙った後、凌は息を少し吸い込んだ。
「昨日食べたクレープあるでしょ?」
それは突然の話題転換だった。
昨日の放課後のことだ、1つのクレープを半分こした…
それと、凌の楽しそうな笑みを思い出して悠馬の気持ちは少しギクシャクとする。
「あ…あれな、美味かったな」
「あれ、一緒に食べた2人はカップルになれるんだって」
「へー…、え?」
か、カップル?
凌の発言の意図が分からず、悠馬は口を無意味にぱくぱくとする。
「どういう意味か、その頭でもわかる?」
「いや、え、待て待て、待って、どういう意味だよ!?」
「さて、どういう意味だろうね」
──一緒に食べた2人はカップルになれる
それを今、凌が自分に言う意味…
まさか、いや、でも、と思考が反復運動を繰り返す。
(まさか、凌が…俺のことを…?)
「待てよ!俺のこと、気に食わないんだろ!?」
確かに言っていたはずだ。自分のことが気に食わないのだと。
思わず顔を上げ、凌を見ると、そこに笑みはない。冷たい視線が悠馬の視線と絡んだ。
「気に食わないよ?俺以外と楽しそうに話してるところが」
「え?」
「でも一週間は俺だけのものでしょ?違う?」
冷たいが、突き放す視線じゃない。
それは、圧倒的支配欲。
その視線に背筋がぞくりとする感じがした。
「俺は…別に…」
他の人と楽しそうに話しているという気持ちはなかった。
凌とだって、可能であれば楽しく友達のように話したいと思っている。
「凌だって、他のやつには愛想いいじゃん…」
悠馬は凌から視線を逸らした。
凌が自分以外とは楽しそうに話していることを知らない悠馬ではなかった。
現に今日だって、女子生徒には優しく応対していた。
思い出すと心が…とげとげとする感じがする。
凌はオールから右手を離すと、悠馬の顔を掴んだ。
逸らした視線を強制的に自分のものにするように。
「何それ、嫉妬?」
「は!?ちげーし…」
悠馬は凌の手から逃れるように身を捩った。
凌の右手は再びオールの元へと戻る。
「そういう素直じゃないとこも、嫌いじゃないよ」
「なっ…え?」
「命令だよ、悠馬。一週間が終わるまで、俺のことだけ考えて。俺と一緒に過ごして、俺とだけ話して、俺のそばにいること」
ちらと凌に目を合わせれば、鋭い眼光が悠馬を捉えて離さない。
どんな命令より強い拘束力がある。
ゾクゾクと背筋を這い上がるこれは、悪寒か、それとも…
「なっ…何考えてるんだよ…凌…」
「言葉にしないとわからない?」
「わ、わからねぇよ!!」
単純なのがいい。
何事もそうだ。
凌の気持ちが分かるようで、でも掴もうとすると霧のように散ってしまう。
わかりやすい言葉が欲しかった。
「じゃあ悠馬が同じ気持ちになったら、言ってあげてもいいよ」
「同じ…気持ち…?」
「そう。同じ気持ちになったら、言ってあげる」
その気持ちの正体も分からないのに、無理難題を提示してくる凌を恨んだ。
ボートはもう元の場所に着いてしまう。
帰ってきたボートを迎えた係員に愛想よく笑う凌に悠馬はまた心がくさくさとする。
なぜ自分がこんなに凌の動向を気にしなくてはいけないのだろうか。
なぜこんな、一挙手一投足に心揺さぶられなけらばならないのか。
むかつく。
嫌いだ。
そう憎い気持ちが湧くというのに、
ボートから降りようとする悠馬に凌が手を差し伸ばしてくれた。
たったそれだけで、また舞い上がるように心が浮ついてしまうのだった。